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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)7435号 判決 1985年12月20日

原告

小幡鈴次

右訴訟代理人弁護士

荒木田修

右訴訟復代理人弁護士

佐野稔

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

村長剛二

外六名

被告

小平市

右代表者市長

瀬沼永真

右訴訟代理人弁護士

松村正康

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告国は、原告に対し、別紙第一目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和五六年四月二〇日から右明渡しずみまで、一か月金二万八〇四〇円の割合による金員を支払え。

2  被告小平市は、原告に対し、別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和五六年四月二〇日から右明渡しずみまで、一か月金一万四五五九円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  第1、2項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告国

(一) 原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 原告と被告国との間の訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行免脱の宣言

2  被告小平市

(一) 原告の被告小平市に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙第一目録記載の土地(以下「本件一の土地」という。)及び別紙第二目録記載の土地(以下「本件二の土地」という。)(以下両土地をまとめて「本件土地」という。)は、もと訴外久野緑(以下「訴外緑」という。)の所有であつた。

2  訴外緑は、昭和三五年二月一一日、原告に対し本件土地を農地法第五条の許可を停止条件として一万五〇〇〇円で売渡す旨の契約を締結した。

3  同日、本件土地について、原告のために条件付所有権移転の仮登記がされた。

4  その後、原告は昭和五六年一月三〇日訴外緑と共に本件土地に関し小平市農業委員会に対し農地法第五条第一項第三号の規定による届出手続きをし、これにより原告は本件土地の所有権を取得して、同年四月二〇日その旨の本登記がされた。

5  被告国は、本件一の土地を占有している。

6  被告小平市は、本件二の土地を同市の市道に編入して同土地を占有している。

7  昭和五六年四月二〇日以降の本件一の土地の相当賃料額は、一か月金二万八〇四〇円であり、同日以降の本件二の土地の相当賃料額は一か月金一万四五五九円である。

8  よつて、原告は本件土地の所有権に基づき、被告国に対しては、本件一の土地の明渡しと昭和五六年四月二〇日以降右明渡しずみまで一か月金二万八〇四〇円の割合による賃料相当損害金の支払を、被告小平市に対しては、本件二の土地の明渡しと昭和五六年四月二〇日以降右明渡しずみまで一か月金一万四五五九円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告国

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は否認する。

仮に訴外緑と原告との間で本件土地について売買契約が締結されたとしても、その時期は、昭和二六年五月一日である。

(三) 同3の事実は認める。

(四) 同4の事実のうち、原告が本件土地の所有権を取得したことは否認し、その余の事実は認める。

(五) 同5の事実は認める。

(六) 同7及び8は争う。

2  被告小平市

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は否認する。

仮に訴外緑と原告との間で本件土地について売買契約が締結されたとしても、その時期は、昭和二六年五月一日である。

(三) 同4の事実のうち、原告が本件土地の所有権を取得したことは否認し、その余の事実は認める。

(四) 同6の事実は認める。但し、土地の範囲については争う。

(五) 同7及び8は争う。

三  抗弁

1  被告国

(一)(被告国の買収)

(1) 本件土地については昭和一六年ころ、当時の登記簿上の所有者であつた訴外田中誠一(以下「訴外誠一」という。)を被買収者として旧陸軍経理学校の敷地とするために被告国(旧陸軍省)が買収手続を行つたが、訴外誠一が昭和一五年一月三日に死亡したことが判明したので、被告国は訴外誠一の家督相続人である訴外緑の後見人であつた訴外田中釥四郎(以下「訴外釥四郎」という。)との間で昭和一七年ころ代金六〇〇円で売買契約を締結した。

(2) 原告は、本件土地が建設大学校の敷地及び公道として使用され、被告国の所有に属していることを昭和三五年二月一一日には十分認識していたはずであり、それにもかかわらず、被告国に対する所有権移転登記が未了であることを奇貨として、被告国の所有権取得を妨げるために原告への前記各登記をしたのであるから、被告国との関係で被告国の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者とはいえない。

(二)(時効取得)

(1) 被告国は、前記(一)(1)の昭和一七年の売買契約後、本件土地を旧陸軍経理学校の敷地の一部として管理、使用していたが、終戦による旧軍解体により、本件土地は昭和二〇年一一月一日付で旧陸軍省から大蔵省に移管された後、アメリカ合衆国軍隊に接収されその管理下に置かれた。その後、昭和二三年四月の接収解除後は、被告国は本件土地を大蔵省が管理する建設省地理調査所として利用し、昭和三九年三月二日、建設省の研修施設用地(建設大学校の敷地)の一部として建設省に所管換えし、建設省所管の行政財産として占有し現在に至つている。

(2) 従つて、被告国は、昭和一七年以降所有の意思を以て本件土地を占有し、昭和三七年一二月末日の経過によつて本件土地について取得時効が完成した。

(3) 被告国は、本訴において右時効を援用する。

(4) 原告は、前記各登記をしているが、本件土地の現況は昭和一七年当時から既に非農地であつたから、原告が仮に昭和三五年二月一一日に訴外緑との間で農地法第五条の許可を停止条件として売買契約を締結したとしても、本件土地には農地法第五条の適用はなく、右契約は無条件の売買契約であつたと解すべきである。そうすると、右時効完成時である昭和三七年一二月末日には、原告は被告国の本件土地の時効取得による物権変動について当事者であつたから、被告国は、登記なくして右時効取得を原告に対抗できる。

(5) 仮に、右時効の援用が認められない場合には、被告国は、昭和三五年二月一一日の原告の前記仮登記の日(原告の本登記による対抗力の取得の効果はこの日まで遡る。)以後も引続き本件土地を占有していたから、右仮登記の日から一〇年又は二〇年の経過をもつて本件土地について取得時効が完成し、その所有権を取得したというべきであり、本訴において右時効を援用する。

2  被告小平市

(一)(被告国の時効取得)

抗弁1(二)のとおり被告国は本件土地の所有権を時効取得し、被告国は、その時効を本訴において援用した。

被告小平市は、昭和四四年五月一日被告国との間で本件二の土地について道路の管理協定を締結し、これを市道の一部として使用しているものである。

(二)(地役権の時効取得)

(1) 本件二の土地は、昭和一七年に旧陸軍が同土地を含む周辺地区を買収した時に開設された外周道路の一部であり、被告国の管理の下に小平市民が道路として使用し、昭和四四年五月一日からは前記管理協定により、被告小平市が市道として使用してきた。

(2) 従つて、被告小平市は、被告国の占有を承継したことにより、被告国の占有開始から二〇年の昭和三七年一二月末日の経過により、若しくは、被告小平市に管理が移つてから一〇年の昭和五四年四月三〇日の経過により(被告小平市は、被告国の占有、使用を信頼して引継いだのであるから、占有開始時に善意無過失であつた。)、本件二の土地について、被告小平市の所有する他の公衆用道路を要役地とする通行地役権を時効取得した。

(3) 本訴において被告小平市は右時効を援用する。

(4) 原告は、本件二の土地について前記各登記をしたが、原告が昭和三五年二月一一日に訴外緑との間で本件二の土地について農地法第五条の許可を停止条件とする売買契約を締結したとしても、同土地はその当時道路であり非農地であつたから、右契約は無条件であつたと解すべきであり、右時効完成時には原告は既に本件二の土地の所有者であつて時効完成による物権変動の当事者であつた。従つて被告小平市は、登記なくして本件二の土地の通行地役権の時効取得を原告に対抗できる。

また、本件二の土地のように、公道として舗装され一般市民の通行の用に供されている場合には、登記簿以上の公示力が認められるべきであるから、被告小平市は原告に対し右地役権を対抗できる。

(三)(使用借権の時効取得)

(1) 被告国と小平市の間の前記管理協定の性質は、使用貸借に類似しており、被告小平市は右協定に基づき昭和四四年五月一日から本件二の土地を市道として管理してきたから、昭和五四年四月三〇日の経過により本件二の土地について使用借権を時効取得した。

(2) 被告小平市は本訴において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(1)の事実は否認ないし知らない。同(2)の事実は否認する。

同1(二)(1)の事実のうち本件土地が現在建設大学校の敷地の一部として使用されている事実を認め、その余の事実は知らない。同(2)、(4)及び(5)は否認ないし争う。

2  抗弁2(一)の事実のうち、被告国が本件土地を時効取得したことは否認する。

同2(二)(1)の事実のうち、被告小平市が現在本件二の土地を市道として占有、使用していることを認め、その余の事実は知らない。同(2)及び(4)は否認ないし争う。地役権は、承役地所有権者による承役地の利用を全面的に奪うものではありえないところ、被告小平市が本件二の土地を市道として使用する限り、その所有者である原告がそれを使用収益できる可能性が全くなく、これは地役権の本質に反するから、本件において地役権の成立する余地はない。

同2(三)(1)は争う。

五  再抗弁

(抗弁1(二)及び同2(1)に対して)

1  次の(一)ないし(三)の事情からして、被告国の本件土地に対する占有には、所有の意思がない。

(一) 被告国と訴外釥四郎との間の売買契約は成立しなかつた。

(二) 被告国は、本件土地について売買代金の支払いも、移転登記もしていない。また、原告側で本件土地の公租公課を長期にわたり負担してきた。

(三) 被告国は、本件土地をいずれ正当な権原ある者から買収することにして、とりあえず事実上使用する意図のもとに占有を開始したにすぎない。

2  原告は被告国に対し昭和三五年三月以降再三本件土地の権利関係の調査あるいは明渡しの請求を繰返してきたにもかかわらず、被告国はその都度「たらい回し」をしたり、「調査中である」旨の形式的回答を与え、あるいは無視するなどして、原告が被告国に対し取得時効の中断の措置を講ずる機会を奪つたのであるから、被告国が本件土地について取得時効の援用をすることは信義則上許されない。

3  時効によつて利益を享受する者が、占有の開始時に善意無過失であるよりも、悪意有過失である方が有利であるとして、自ら悪意有過失を主張するのは、便宜的であり、悪意有過失者の方がかえつて保護される結果となるから、不合理、不当である。

六  再抗弁に対する被告らの認否

再抗弁は全て争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は全当事者間に争いがない。

二請求原因2の事実について判断する。

<証拠>によれば、以下の1ないし4の各事実を認めることができる。

1  原告は、訴外緑の夫訴外久野隆治(以下「訴外隆治」という。)と昭和二四、五年に清水市内の病院で知り合い親しくなつた。そのころ訴外隆治は肺結核で一年間入院しており、退院後もその病歴があるため、職につくことができず生活に窮していた。また原告は、同じ病院に結核治療のため通院していたものの、電気製品の修理販売業を営んでいたことと実家が農業を営んでいたことから、食糧、現金などを訴外隆治に援助することができた。そして、昭和二六年ころまでに、原告が訴外隆治に対し貸した現金は、合計一万五〇〇〇円程度になつた。

2  訴外隆治と同緑とは、原告の右援助に対する謝礼をしたいと考え、昭和二六年ころ、原告に対し、本件土地を譲渡するという話を持ち出した。

本件土地は、訴外緑が昭和一五年一月三日に訴外誠一を家督相続したことにより取得したものであるが、昭和二六年当時、訴外隆治及び同緑は、本件土地が、戦争中に軍によつて買収されたのではないかとの意識があり、訴外緑の所有であるということを明確に意識していたわけではなかつた。

また、原告も、本件土地がその当時それほど価値の高いものでもなかつたことから、本件土地にあまり関心がなく、単に、訴外隆治らの気持ちを考慮して、右譲渡の話に応じたものの、それ以上に本件土地の位置、現況などを確認することをしなかつた。

3  しかし、その後、従来課税の対象となつていなかつた本件土地について評価額の変更があつたために、昭和三一年度から課税の対象となり、訴外緑のもとに徴税令書が送付された。そのため、訴外緑及び同隆治は、本件土地が訴外緑の所有であつたことを意識するようになつた(昭和二四年以前から徴税令書が来ていたとする証人久野隆治の証言があるが、<証拠>によれば、小平町税務課から訴外隆治、同緑に対し、本件土地は昭和三一年度から課税の対象となつたのであつて、それまでは、非課税であつた旨の手紙が送られたことが認められ、この事実によれば、証人久野隆治の右証言はにわかに措信しがたい。)。

4  そこで、訴外隆治、同緑の委任に基づき、原告は、本件土地について、昭和三四年一二月二八日訴外緑への家督相続による所有権移転登記手続をしたうえ、同三五年二月一一日農地法第五条の許可を停止条件とする原告名義への条件付所有権移転の仮登記をした。さらに、そのころ、訴外緑が原告に対し、一万五〇〇〇円で本件土地を売り渡す旨を記載した売渡証が作成された(但し、その作成年月日は、本件土地の譲渡の話が持ち上がつた昭和二六年に遡らせて、昭和二六年五月一日とした。)。また、原告と訴外隆治とは、そのころ、本件土地を、現地において確認した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告と訴外緑との間には、昭和二六年ころ、本件土地の譲渡についての話合いがもたれたものの、訴外緑には、本件土地を所有していることについての明確な意識がなく、また、本件土地の位置、現況を確認するなどの行為が行われなかつたのであり、その後、昭和三五年になつて、本件土地につき、原告への仮登記、前記売渡証の作成、現地での確認などの行為が行われたのであるから、昭和三五年に、原告と訴外緑との間に、本件土地の売買の話が具体化したのであつて、同年に、売買契約が成立したと解するのが相当である。(なお、その契約が農地法第五条の許可を停止条件とするものではないことは、後記のとおりである。)

三請求原因4の事実は、原告が本件土地の所有権を取得したことを除き、全当事者間に争いがない。

四抗弁1(一)について

抗弁1(一)(1)の事実については、以下に述べるとおり、本件全証拠によるもこれを認定するに足りない。

<証拠>によれば、以下の1ないし6の事実が認められる。

1  本件土地を含む付近一帯の土地については、昭和一五年ころから、旧陸軍経理学校の敷地とするための陸軍省による買収手続が開始され、同年二月二三日には、近衛師団経理部が土地所有者を招集して、集団的に土地所有権移転の承諾を得るための手続を行つた。

2  そして、昭和一七年一月二〇日には右買収に関し、宅地建物等価格統制令第六条第一項による認可申請が近衛師団経理部長から東京府知事あてに行われたが、その際、本件土地も買収された土地として右申請書に記載された。

3  また、本件土地のうち、地番一一四二番五三の土地は、近衛師団経理部から、道路敷に編入すべきであるとして昭和一七年六月一二日に分筆申請がされ、分筆前の同番四の土地から分筆された。

4  右分筆後の同番四の土地については、昭和二二年七月二日に、自作農創設特別措置法第三条及び第一五条により買収されたが、本件土地は右法律に基づく買収の対象とはならなかつた。

5  関東財務局立川出張所が保管している経理学校敷地登記済証綴りの中には、近衛師団経理部の訴外誠一あての「過般御承諾ニ係ル御所有地移転登記施行致度候條左記御註意ノ上別添売渡証書及登記承諾書○ノ個所ヘ御捺印ノ上至急御返戻相成度」「追而御施設ノ大谷石ハ態々御引取困難ト拝察郊外土地会社ニ一本六〇銭ニテ買取シムル様交渉致置候……」と本文がタイプで記載された書面があり、本件土地のうち一一四二番五の土地についての金額を六〇〇円とする土地売渡証書の用紙及び一一四二番五の土地についての登記承諾書の用紙もある(但し、いずれも訴外誠一の名義であり、かつ、その名下に捺印はされていない。)。

6  陸軍省が買収の手続を進めた土地のうち、現在建設大学校の敷地として大蔵省から建設省へ所管換えになつている土地(合計一三四筆)については、本件土地を除いて、すべて昭和一七年から一九年にかけて買収による陸軍省のための所有権移転登記がされている(但し、二筆だけは昭和三八年五月一四日に大蔵省への所有権移転登記がされている。)。

以上の事実によれば、本件土地について、昭和一七年ころ被告国による買収がされたことを一応推認することも可能である。

しかし、他方、<証拠>によれば、以下の1ないし4の事実が認められる。

1  本件土地を含む付近一帯の土地について、近衛師団経理部が所有者を招集して所有権移転についての承諾を得るための手続を昭和一五年二月二三日に行つたことは前記のとおりであるが、本件土地の所有名義人であつた訴外誠一は同年一月三日に既に死亡していた。そして、訴外緑(大正一五年生れ)が家督相続人となり、同年四月三日訴外釥四郎が訴外緑の後見人に就職した。

2  にもかかわらず、その後、前認定のとおり、右承諾を得たことを前提にして、訴外誠一あての、本件土地のうち地番一一四二番五の土地についての、土地売渡証書、登記承諾書及びこれら証書への捺印を求める書面が作成されている。

3  昭和一七年一月二〇日に行われた前記宅地建物等価格統制令による認可申請においても、本件土地につき、訴外誠一から譲受ける旨が記載された。

4  昭和二二年七月二日に前記地番一一四二番四の土地について行われた自作農創設特別措置法による買収も訴外誠一あてに行われた。

以上の事実によれば、被告国においては、訴外誠一死亡後も同人を相手に買収が行われたことを前提とする一連の手続が進められたことが認められるのであつて、この事実を考慮すると、結局、被告国が当時訴外誠一の死亡に気づき、同人の家督相続人である訴外緑の後見人訴外釥四郎との間で、本件土地について買収を行つたことを認定することはできない。(なお、前認定のとおり、近衛師団経理部から訴外誠一あての土地売渡証書及び登記承諾書への押印を依頼する文書には、「追而御施設ノ大谷石ハ態々御引取困難ト拝察……」と記載されているが、前掲乙第五号証によれば、同記載はタイプの活字によつて印刷されているのに対し、あて名である田中誠一という名は手書きされていることが認められ、この事実によれば、大谷石が存在していた土地は本件土地以外にもあつたことが推認できるから、右記載をもつて直ちに本件土地について訴外誠一又は同釥四郎と近衛師団経理部との間に買収についての具体的な話合いが行われたと推定することはできない。)

従つて、その余の点について判断するまでもなく抗弁1(一)は理由がない。

五抗弁1(二)及び同2(一)について

1  本件土地を含む周辺一帯の土地は旧陸軍経理学校の敷地として買収手続がされ、本件土地についても、実際には買収がされたとは認め難いものの、訴外誠一から買収がされたことを前提に諸種の手続が進められたことは前認定のとおりであり、また、<証拠>によれば、旧陸軍経理学校は、昭和一七年三月二五日に移転して本件土地を含む付近一帯の土地を敷地としたことが認められるから、同日に被告国が本件土地を占有したことが認められる。(なお、本件土地のうち、地番一一四二番五三の土地については道路敷地に編入すべき土地として昭和一七年六月一二日に分筆申請がされたことは前認定のとおりであるから、陸軍経理学校の敷地の外周道路として、被告国が占有したものということができる。)

そして、本件一の土地を被告国が建設大学校の敷地の一部として、本件二の土地を被告小平市が市道の一部として、それぞれ占有していることは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、右被告小平市の占有は被告国との間の管理協定に基づくものであり、右管理協定では、被告国が被告小平市に対し本件二の土地を譲与するまでの間、被告小平市が本件二の土地を維持管理するというものであることが認められる。そうすると、被告国は本件二の土地についても被告小平市を通じて間接占有しているものというべきである。

従つて、被告国は本件土地を昭和一七年三月二五日と現在との前後両時において占有したことになり、昭和一七年三月二五日から現在まで占有が継続したことが推定される。

2  そこで、再抗弁1について検討する。

被告国が本件土地を訴外釥四郎を通じ、所有者の訴外緑から買収したことを認定できないことは前認定のとおりであり、また、<証拠>によれば、本件土地については、被告国への所有権移転登記後に売買代金が支払われることになつていたが、訴外誠一が既に死亡していて土地売渡証書及び登記承諾書に押印がされなかつたため被告国への移転登記がされず、またそのため、代金が支払われなかつたことが認められる。さらに、<証拠>によれば、昭和三一年度以降昭和五六年度まで訴外隆治及び同緑において本件土地の固定資産税及び都市計画税を支払つたこと、原告が本件土地の不動産取得税を支払つたことが認められる。

しかし、占有者は所有の意思を以て占有するものと推定されており、占有者の所有の意思が否定されるのは、占有者がその性質上所有の意思がないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、占有者が占有中真の所有者であれば通常とらない態度を示し、若しくは、所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて、占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明された場合である。

ところが、被告国においては、本件土地が訴外誠一から買収されたことを前提として本件土地に対する一連の手続を進め、本件土地を占有したことは前認定のとおりであり、そうすると、本件土地について、性質上所有の意思がないとされる権原に基づき占有を取得したのではないことは明らかである。

また、本件土地について支払われた固定資産税、都市計画税及び不動産取得税はいずれも国税ではないから、右支払をもつて被告国が真の所有者であれば通常とらない態度を示したことにはならないし、本件土地につき、被告国が所有権移転登記をせず、また代金の支払をしていなかつたことのみをもつて、被告国が所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたということはできない。

そして、以上の外に、外形的客観的にみて、被告国が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情の主張立証もないから、再抗弁1は理由がない。

3  仮に被告国が短期の取得時効を援用することができるとしても、これを援用しないで、長期の取得時効を援用することは、何ら差支えがないと解される。

4  以上の検討によれば、被告国は昭和一七年三月二五日以降本件土地を所有の意思を以て平穏かつ公然に占有を継続してきたということができるから、右占有の開始から二〇年の昭和三七年三月二五日の経過により、民法第一六二条第一項の取得時効が完成したことになり、被告国が本訴において右時効を援用していることは記録上明らかである。

ところで、原告と訴外緑との間に本件土地の売買契約が成立したのが昭和三五年であつたことは前認定のとおりであり、<証拠>によれば、本件土地は、登記簿上の地目が「畑」となつていたことが認められるから、本件土地が農地であり、右売買契約においては農地法第五条の許可が法定停止条件となつていたのではないかが問題となる。

しかし、<証拠>によれば、昭和三五年当時の本件土地の現況は、建設省建設研修所の敷地及びその外周道路となつており、農地ではなかつたことが認められ、原告と訴外緑との間の売買契約においては、右農地法第五条の許可は条件となつてはいなかつたものである。

そうすると、被告国の援用する本件土地についての取得時効が完成した昭和三七年三月二五日当時、原告は、本件土地の所有者となつており、時効による物権変動の当事者であつたから、被告国は登記なくして右時効取得を原告に対し主張することができる。

六再抗弁2について

官公署作成部分の成立は全当事者間に争いがなく、その余の部分については、<証拠>によれば、以下の1ないし5の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1  原告は、昭和三五年ころ訴外隆治とともに本件土地を調査したところ、建設省建設研修所の敷地の一部となつていたことが判明したので、その研修所の係官に会つて、本件土地の所有権の帰属等について話し合つたが、右係官は、関東財務局に行つて調査するようにとの回答を与えた。

2  また、原告は、同年三月八日付の手紙で右研修所の所長あてに本件土地上にある鉄線等を取り払うよう要求したが、返事がなかつたため、再び同年四月一二日付で、右鉄線等の撤去がされたか否か、されていないならばその理由は何かを問う旨の手紙を送付した。

これに対し、建設省建設研修所の総務課長は、原告に対し、同年四月一六日付で、関東財務局立川出張所に調査を依頼している旨の回答を与えた。

3  原告は、さらに、昭和三六年二月三日付で関東財務局立川出張所長あてに、本件土地についての調査を依頼する文書を送付し、これに対し、同年二月二八日付で関東財務局立川出張所長は買収書類等を調査中であるから、調査結果が出るまで待つようにという回答を与えた。

4  また、原告は、同年三月六日付で、建設省建設研修所長あてに「堤防有刺鉄線除去通告書」と題する書面を送付した。

5  しかし、被告国からは、その後、前記時効の完成した昭和三七年三月二五日まで何らの回答が与えられなかつた。

以上の事実によれば原告の要求、問合せに対し、被告国の関係当局は、他の官署で調査するようにとか、調査中であるから待つようにとかの回答を与えたり、全く回答を与えなかつたりするなどの対応をしていたのであつて、その対応に不十分な点があつたことが認められる。

しかし、他方、<証拠>によれば、建設省建設研修所総務課長の前記昭和三五年四月一六日付回答では、本件土地につき「使用開始は、旧陸軍経理学校設置以来、米軍部隊、建設省地理調査所の使用に続いて、当建設研修所がそのままの状態で引続いて使用しており、目下この土地は大蔵省において普通財産として管理されております……」との記載もあり、また、前記昭和三六年二月二八日付関東財務局立川出張所長の回答でも本件土地につき「旧軍において買収した物件で国え(注・「ヘ」の誤り)の移転登記がなされていないものと思料され……」との記載があることが認められる。そうすると、被告国は、原告に対し、本件土地は旧軍が買収して被告国が所有する財産として被告国が継続して使用してきたものであることを明確に知らせたのであり、また、現に本件土地が被告国において建設省建設研修所の敷地の一部として使用されていることを原告が知つていたことは前認定のとおりであるから、この時点で原告は、時効中断の措置をとるべきことを知りえたものと解するのが相当である。そして、被告国において、原告に所有権があることを認めるかのような態度を示すなどして、ことさら原告が時効中断の措置をとることを妨害する行為があつたと認めるに足る証拠もないのであるから、結局、被告国の前記時効の援用が信義則に反すると認めることはできない。

従つて、再抗弁2は理由がなく、抗弁1(二)及び同2(一)は理由があることに帰する。

七以上検討したところによれば、本件土地は被告国が時効取得したのであり、原告は、被告らに対し、その所有権を主張することができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がない。従つて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官氣賀澤耕一 裁判官都築政則)

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